Kaori Muraji

「旅するギタリスト」 村治佳織 公式ウェブサイト

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【調布国際音楽祭2026】コンサートレポート

『調布国際音楽祭2026』は東京都調布市で毎年初夏に開催されるクラシックミュージックの音楽祭。本年度は5月31日にスタートし、最終日の6月28日、調布市文化会館たづくり/くすのきホールで行われた『村治佳織ギターリサイタル/エターナルファンタジー』もプログラムの一環で開催された。会場は補助席も開放するほどの満員御礼。そうした光景は長きに亘る村治のソロコンサートではもはや日常で、そこに驚きはない。

 セットリストを眺めて感じ入るリサイタル全体の色彩。MCでも語られたとおり、昨年10月に発売した村治佳織の新境地ともいえるゲーム音楽集の最新作『エターナル・ファンタジー』からの選曲と、J.S. バッハ、ポップス、映画音楽等のトラックが確かに新鮮な彩りを感じさせた。

 1995年、クラシック・チャート第1位に輝いた村治佳織のセカンド・アルバム『グリーンスリーヴス』収録のトラック『ファンタジー第7番/J.ダウランド』より音楽祭の幕が開く。当時、アルバムでの使用器種はロベール・ブーシェであったが、同じく村治幼少期からの愛器であり、かけがえのない名器といえる1972年製ポール・ジェイコブソンの響きがホール全体を優しく包み込んでゆく。近年、最も村治が信頼を寄せる愛器の1本。

 初めて奏でたJ.S.バッハ作品が『プレリュード BWV998』だったという村治。ディスコグラフィには収録されていないが、節目節目にプログラムにも組み込まれる、バッハ作品として相性よき熟練のトラックへと続く。

 アルバム『エターナル・ファンタジー』#1を飾る『ティファのテーマ<ファイナルファンタジーVI)』の豊潤さたるやどうだ。ナイロン弦で奏でられることにより、メロディが絶妙な温かみを帯び、優しさに包み込まれたオリジナルからの“進”解釈としてホールに響く。

 『アストラル・フレイクス 第一楽章・第四楽章』は、もはや恒例となっている村治による本年度の『ごほうびクラシック』(第一生命ホール)に続けての披露となった。

 一聴すれば、ほとんどのギタリストにとっても多分難解。不協和音も伴いながら危うい世界観へと誘う本トラックは、作曲者でジャズ・ギタリスト渡辺香津美の哲学といえた。リズムに沿って、不思議な哲学を活き活きと構築するようで、例えるに“抽象的な建物を建築している”ような錯覚に陥る。

 資料によれば、渡辺香津美がクラシック・ギタリスト山下和仁(1961年〜2026年)のために書き下ろした初めてのクラシックギター作品とのこと。

 『コユンババ/C.ドメニコーニ』と言えば忘れがたき体験がある。2012年、シアターコクーン5月公演『シダの群れ純情巡礼編』(作・演出/岩松了)の舞台に“ギターの女”という配役で出演し、エンディングに登場した村治による演奏が衝撃以外の何物でもなかった。

 物語をつなぐストーリーテラーのような役目も担った村治によるド迫力エンディングの『コユンババ』には背中に電気が流れた。ちなみにこの舞台は約1カ月、28回の公演が続いた。ライヴの『コユンババ』、いつでも最高だ。

 続く、ホラーアドベンチャーゲームのシリーズにありながら美しくも切ない『ナット・トゥモロー<サイレントヒル>』の旋律は、ゲーム音楽からもまた表情を変えたインスピレーションが広がる。

「『energy flow』の発表によってその呪縛から解放された」と本人が語ったほど坂本龍一作品のイメージが甚大な『戦場のメリークリスマス』。その優れた楽曲の放つ機微は確かに唯一無二。世界中で数え切れないほど様々なカヴァーも散見される中、生前の坂本と曲作りやらセッション等の機会もあった村治だが、神の宿る旋律が今日もホールに美しく谺した。村治だけの“戦メリ”に染み入る。

 一時のインターミッションを挟んでの二部開幕。

 近代のゲーム開発とはハリウッド映画並みの予算をかけた巨大プロジェクトだと聞く。当然、サントラも必然的に豊潤な作品となってゆくことは自然な流れだろう。

 二部の幕開けとなったのはアルバム『エターナル・ファンタジー』収録『エブリシング・オールライト<To the Moon)』。楚々としたテイストにあり一筋の光明が軟らかく差し込むイメージ。それを自らの解釈により、たった1本のギターで演出する。瞬間、彼女の語った名フレーズ「左手は職人、右手は芸術家 」を思い出すのであった。村治の10本の指はコズミック・アートと言えた。

 ボディタップから始まるフレイヴァが十二分な勇ましさを演出し、身体が揺れる。続く『ザ・ドラゴンボーン・カムズ<ジ・エルダー・スクロールズ・ファイブ・スカイリム>』の世界観は戦士の心を求めるヒーローの物語。古代ノルド=タムリエル大陸北部の極寒の地スカイリム地方出身の種族……というものがゲーム設定とのこと。

 アルバムでは、実弟であるギタリスト・村治奏一とのデュオ構成ながら、その効果を保持しながらも単独ライヴ用アレンジに仕上げての披露。トリッキーなプレイにナイロン弦でしっかり鳴らすハーモニクス(倍音)の妙。やってみると判るがナイロン弦での精密なハーモニクスは難易度がぐんと上がる。

「胸を打つ」という感情ならば“戦メリ”級とも捉える、1988年のアカデミー賞を総なめにした『ラストエンペラー』のタイトルトラック。1本のギターで奏でる極上のメロディが、聴く者の心を捉えて離さない。同時に作曲した坂本龍一は紛れもなき天才としか言いようがない。

 様々なテーマ性、世界観で生み出されたゲーム音楽を軸に創作されたアルバム『エターナル・ファンタジー』に唯一、村治のオリジナル作品として創作された『エターナル・ファンタジア』。マイナー展開の中にも一瞬効果的に配置されるメジャーコード、更にはハーモニクスの機微と同時にトレモロの安定感もが極まる。叙情的な導入から組曲のような構成にも自らの進化を感じ取るのである。ライヴヴァージョンにとしてのメリハリには溜息が漏れた。それは同時に、村治がどんな楽曲であっても自身のフィールドであるクラシックミュージックへきちんと昇華させていることに尽きる。つまり、どんな音楽性を含んだ楽曲であってもクラシックのスタイルを崩さずに構築する姿勢だ。これこそミュージシャンズ・ミュージシャンとしての最重要ポイントであり、その創造と継続の意味はとてつもなく大きい。

 2004年リリースで、第19回日本ゴールドディスク大賞クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー<洋楽>を受賞した『トランスフォーメーション』は、村治がDECCAレコードとの調印を終えて初めてリリースした節目のアルバム。続く、同作収録の『すべては薄明の中に』『ミッシェル』は共に武満徹(1930~1996)によるアレンジ。DECCAと長期専属契約を結び、アルバム内容の検討に入った際、村治自ら収録を希望したそうだ。

 『ザナルカンドにて<ファイナルファンタジーX>』は公式YouTubeで聴けるミュージック・ビデオも秀逸。“ザナルカンド”とは「旅の目的地」であり、「大切な人との永遠の別れ」に近づくストーリーでもあるのだという。切ない。アルペジオが織りなす豊かなコード感、そこに浮遊するメロディがただただ美しい。

 自分の譜面に「S.D.G.(すべて神の栄光のために)」と書き残したことでも知られるバッハが音楽監督に就任した最初の年に書かれた『主よ、人の望みの喜びよ(デイビッド・ラッセル編)/J.S.バッハ』が、本音楽祭を〆るラストトラック。村治ギター歴の節目節目に披露され続け、スタジオヴァージョンはDECCA録音の機微炸裂。アルバム『Kaori Muraji Plays Bach』に収録。

 万雷の拍手の中、歓喜のアンコール。

 アンドリュー・ヨーク作による定番『サンバースト』、そして村治のレパートリーでも揺るぎない人気曲として定評のある『カヴァティーナ/スタンリー・マイヤーズ』と超贅沢なアンコールで幕を閉じた。

 終わってみれば完璧なセットリスト。

 数多くの偉大なる作曲家、そして時にサウンドトラックからのアレンジであろうとも村治佳織というフィルターを通せば全てが彼女特有の極上クラシック作品として飛躍する。パフォーマンスを回想すれば、思いきりゲーム音楽に焦点を当てた『エターナル・ファンタジア』は、まごうことなきクラシックギターによるクラシック楽曲として昇華された作品集であることが、集まった聴衆の心にもじっくり響き渡ったことだろう。

 そうした歓喜する体感のことを総括して「ロックしてる」と、筆者はあえて形容する。

2026年7月4日 米澤和幸(lotusRecords)